12月の新刊:フレイマー・フレイムド《人類学の転回》

2016年 12月 28日 コメントは受け付けていません。

フレイマーフレイムド_書影フレイマー・フレイムド
《人類学の転回》
トリン・T・ミンハ(著)
小林富久子+矢口裕子+村尾静二(訳)

判型:四六判上製
頁数:407頁
定価:4000円+税
ISBN:978-4-8010-0206-7 C0010
装幀:宗利淳一
好評発売中!

枠取る者は、枠取られる――
映像作家、音楽家、人類学者としても知名な著者が、〈前衛映画〉と〈実験映画〉のとらえ方、〈学際性〉の意味、〈詩的言語〉の役割、〈モダニズム〉と〈ポストモダニズム〉の連続性、〈ポストフェミニズム〉とは何か、などについて、率直かつ平易な言葉で語ったインタヴュー集。著者の代表的な映像作品「ルアッサンブラージュ」「ありのままの場所」「姓はヴェト、名はナム」の完全版スクリプトも収載。

目次
フィルム・スクリプト
第一章  ありのままの場所――生きることは円い
第二章  姓はヴェト、名はナム
第三章  ルアッサンブラージュ
インタヴュー
第四章  翻訳としての映画――漁師のいない網
第五章  ハイブリッドな場所から
第六章  理論と詩のあいだで
第七章  「なぜ魚の棲む池なのか?」――ドキュメンテーションの中心に宿る虚構的なもの
第八章  真実と事実を問うこと
第九章  「誰が語っているのか?」――国家・共同体・一人称のインタヴュー
第一〇章 専門化した検閲
第一一章 映画が始まり、沈黙が訪れる
第一二章 「政治映画への道はどちら?」――ある対話

著者について
トリン・T・ミンハ(Trinh T. Minh-ha)
1952年、ハノイに生まれ、サイゴンで育つ。1970年、米国に移住。イリノイ大学で博士号取得。詩人、批評家、映像作家。カリフォルニア大学バークレー校教授。著書に『女性・ネイティヴ・他者――ポストコロニアリズムとジェンダー』(岩波書店、1995)、『月が赤く満ちる時――ジェンダー・表象・文化の政治学』(みすず書房、1996)、『ここのなかの何処かへ――移住・難民・境界的出来事』(平凡社、2014)など。映像作品に『ルアッサンブラージュ』(1982)、『ありのままの場所』(1985)、『姓はヴェト、名はナム』(1989)、『愛のお話』(1995)、『四次元』(2001)、『夜の旅』(2004)、『ヴェトナムを忘れて』(2015)など。

訳者について
小林富久子(こばやしふくこ)
1943年、大阪府に生まれる。早稲田大学大学院文学研究科博士課程満期退学。現在、城西国際大学客員教授、早稲田大学名誉教授。専攻、アメリカ文学、フェミニズム文学批評。主な著書に『アメリカ女性作家――周縁から境界へ』(彩流社、2006)、『憑依する過去――アジア系アメリカ文学におけるトラウマ・記憶・再生』(監修、金星堂、2014)など。
矢口裕子(やぐちゆうこ)
1961年、東京都に生まれる。法政大学大学院人文科学研究科英文学専攻博士課程満期退学。現在、新潟国際情報大学国際学部教授。専攻、アメリカ文学。主な著書に『憑依する過去』(共著、金星堂、2014)など。主な訳書にアナイス・ニン『人工の冬』(水声社、2009)など。
村尾静二(むらおせいじ)
1969年、京都府に生まれる。総合研究大学院大学文化科学研究科・国立民族学博物館博士課程修了。博士(文学)。立教大学現代心理学部兼任講師、東京大学、東京芸術大学等で映像人類学の授業を担当。専攻、映像人類学・文化人類学。主な著書に『映像人類学――人類学の新たな実践へ』(共著、せりか書房、2014)、『フィールド映像術』(共著、古今書院、2015)など。民族誌映像作品に『光と影――ワヤン・クリとダランの生活世界』(2015)など。

関連書
部分的つながり/マリリン・ストラザーン/大杉高司・浜田明範・田口陽子・丹羽充・里見龍樹訳/3000円+税
インディオの気まぐれな魂/エドゥアルド・ヴィヴェイロス・デ・カストロ/近藤宏・里見龍樹訳/2500円+税
変形する身体/アルフォンソ・リンギス/小林徹訳/2800+税
ヴァルター・ベンヤミンの墓標/マイケル・タウシグ/金子遊・井上里・水野友美子訳/3800円+税
多としての身体――医療実践における存在論/アネマリー・モル/浜田明範・田口陽子訳/3500円+税
作家、学者、哲学者は世界を旅する/ミシェル・セール/清水高志訳/2500円+税
国家に抗する社会/ピエール・クラストル/渡辺公三訳/3500円+税

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