9月の新刊:ヴァレリーにおける詩と芸術

2018年 8月 22日 コメントは受け付けていません。

ヴァレリー 書影ヴァレリーにおける詩と芸術
三浦信孝・塚本昌則(編)

判型:A5判上製
頁数:362頁
定価:5000円+税
ISBN:978-4-8010-0358-3 C0098
装幀:波嵯栄ジェニファ
8月30日頃発売!


ヴァレリー研究の見事な成果
作品よりも作品を作る精神の機能を探求しつづけたポール・ヴァレリー。明晰な批評意識をもつがゆえに〈ヨーロッパ最高の知性〉と呼ばれた詩人は近年、知性と感性の相克に懊悩するその実像が明らかになっている。本書では、ヴァレリーの肖像に迫る第Ⅰ部にはじまり、〈他者とエロス〉の問題に肉薄する第Ⅱ部、そして第Ⅲ部〜第Ⅴ部では芸術論の三つの諸相(絵画、音楽、メディウム)に焦点をあて、新たな読解の道筋を切り開く。

ポール・ヴァレリー(1871-1945)は、フランス文学のなかでも他に例を見ないほど、ある問いを追究した作家として知られている。ものを作る過程を、ひとはどこまで意識できるのだろうか、という問いである。(…)問いは果てしなく、問いの対象も狭い意味での詩をはるかに超え、作るということが関わるあらゆる分野──絵画、建築、音楽、舞踏、演劇、写真、映画等々──におよんでゆく。本書は、ヴァレリーが作ることをめぐって投げかけた疑問にどのような広がりがあるのかを多様な角度から検討することを目指す論集である。「序」より


目次
序(塚本昌則)

Ⅰ ヴァレリーとは誰か
ポール・ヴァレリー、ある伝記的冒険(ブノワ・ペータース)
ヴァレリーにおける〈精神〉の意味(恒川邦夫)  
苦痛の幾何学と身体の思想(三浦信孝)  

Ⅱ 詩とエロス――他者という源泉
ヴァレリーとブルトン――思考のエロス(松浦寿輝)
ヴァレリーにおける他者関係の希求と「不可能な文学」(森本淳生)
ヴァレリーとルイス――『若きパルク』に秘められた友情(鳥山定嗣)
ヴァレリーとポッジ――エクリチュールの相克(松田浩則)

Ⅲ ヴァレリーの芸術論――絵画と経済学
ヴァレリーと二〇世紀初頭の芸術家(ミシェル・ジャルティ)
大芸術家の肖像――ダ・ヴィンチからドガへ(今井 勉)
絵画のポエジー――ヴァレリー、マルロー、バタイユ(永井敦子) 
詩学と経済学――ヴァレリーは芸術を語るのに、なぜ経済学的タームを用いるのか(山田広昭)  

Ⅳ ヴァレリーと音楽――声とリズム
〈声〉の詩学――芸術照応の源泉としての(田上竜也)  
リズムと吃音――「異質な機能作用」に出会う体(伊藤亜紗)  
ヴァレリーとリズム――ドイツ近代の視座から(宮田眞治)  

Ⅴ ヴァレリーとメディウム
ヴァレリーと広告(ウィリアム・マルクス)  
〈絶対的なもの〉のミメーシス――ヴァレリーを読むアドルノ(竹峰義和) 
支持体とは何か――ヴァレリーにおけるシミュレーションの詩学(塚本昌則)  
「名前のない島」――ヴァレリーと映画(ジャン=ルイ・ジャンネル)  

ポール・ヴァレリー略年譜  
読書案内  
人名索引  

あとがき(三浦信孝)  


編者について
三浦信孝(みうらのぶたか)
1945年生まれ。日仏会館副理事長、中央大学名誉教授(フランス文学・思想)。著書に『現代フランスを読む――共和国・多文化主義・クレオール』(大修館書店、2002年)、編著に『自由論の討議空間――フランス・リベラリズムの系譜』(勁草書房、2010年)、訳書にB・ベルナルディ『ジャン゠ジャック・ルソーの政治哲学』(編訳、勁草書房、2014年)などがある。

塚本昌則(つかもとまさのり)
1959年生まれ。東京大学教授(フランス近現代文学)。著書に『フランス文学講義』(中公新書、2012年)、編著に『〈前衛〉とはなにか? 〈後衛〉とはなにか?』(共編、平凡社、2010年)、『声と文学――拡張する身体の誘惑』(共編、平凡社、2017年)、訳書にP・シャモワゾー『カリブ海偽典』(紀伊國屋書店、2010年)などがある。

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